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世の中には使い古された方法があります。方法自体には何も問題はありません。むしろ多くの人たちの手垢が付いている分、洗練されて無駄がなくなってますし、安全で確実な方法となっています。
とはいえ、社会は刻々と変化しています。新しい技術も生み出されています。そのため、これまでの方法がいつの間にか陳腐化することがあります。洗練されたせいで無駄や余裕がなくなり、いつの間にか肝心の部分まで削られてしまうこともあります。水泳の時、唾(つば)で湿らせた指を耳に入れると耳に水が入らないという迷信が良い例です。あれは本当は耳栓(草を丸めた物など)を湿らせて耳に押し込みやすくする行動だったのですが、いつの間にか肝心の耳栓がなくなってしまいました。
また過去の成功体験が美化されて、肝心の部分を見落としている場合もあります。
どうしてその方法を選ぶのか。それは時々でも振り返ってみる方が良さそうです。
極端な例としては、日本のスポーツ界にはびこる根性論があります。かつては予算が少ないから、必死に練習方法や戦法を工夫しました。ところが、それで成功した人が出てきたことで、選手の育成方法を精神論が最優先と勘違いする人が増殖たのが現代日本のスポーツ界です。というより低予算で済ませようとする人たちが、そう思い込もうとしてるのが原因でしょうか。そのために低予算でがむしゃらに練習するだけの根性論が独り歩きし、それが時代を逆行するように悪化してきてます。 長引く不況のために予算を削る口実と思ったのですけど、これは昭和30年代後半から40年代以降、年々悪化の一途を辿ってるそうですから、意外と根の深い問題です。"